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January 17, 2008

中国の心に残る話

 日経ビジネスオンラインの2007年記事別年間総合ランキングで第1位となった記事は「“宋文洲の傍目八目”『捨て子の少女の死と、脱・格差社会のもと』である。涙を誘う美談であった。そっくり掲載は出来ないので、あらすじを紹介させて頂く事にする。(イッキに読んで下さい。今回は、私のコメントもつけません。)
 1996年11月、中国・四川省の寒村。若い未婚の極貧の男性農夫が捨てられた女の赤ちゃんを見つける。「私と同じ、貧しい食事を食べてもいいか」と呟き、その子を育てる事にする。極貧のなかで小学生になると一生懸命働き、聡明で可愛い子供に育った。
 2005年6月、そんな平和な家庭に不幸が訪れる。少女は鼻血が止まらず、足にも赤い斑点が出た。急性白血病だった。治療には30万元(日本円で400万円。中国の所得は日本の1/20の時代で8000万円程度相当)掛かる。とても払える額でない事を少女は知っていた。少女は「捨てられた時にそのまま死んでいたのかもしれない。死なせて」と懇願する。父は「家を売るから大丈夫だよ」と言う。しかし少女は、家を売っても1万元にしかならないことを知っていた。
 6月、少女が、読み書きできないお父さんに代わって「私は娘への治療を放棄する」との書類を病院に出す。それを知った父は、病院の片隅で泣き崩れる。捨てられたうえ貧しい暮らしの連続で、8歳になっても靴下さえ履いたことがない。そんな娘を救う事が出来ない自分を恨んだ。
 家に戻った少女は、入院の前と同じように働き続ける。そして1つだけ父に、おねだりをする。「新しい服を買って一緒に写真をとって」
自分は、勤勉で、可愛く、綺麗好きな娘として記憶に残して欲しい。「これで、いつでも綺麗な自分を思い出してもらえる」と。
 病気は心臓にも及び始め、少女に死が近づいたころ、ある新聞記者がこの話を聞きネット上で記事にした。少女の話はたちまち中国全土に広がり僅か10日間で70万元(約1050万円)の寄付が集まった。少女の命にもう一度希望の火が灯された。
 化学療法が2ヶ月続く。何度も生死をさまようが完全回復も期待できた。しかし・・・
やはり化学療法は病が進行し衰弱していた少女の体には無理であった。自分の余命を感じた少女は、新聞記者に遺書を渡す。そこには彼女の死後の願いと人々への感謝の言葉で埋め尽くされていた。
 8月22日、少女は静かに逝きました。父は冷たい娘をいつまでも抱きしめて涙を流した。インターネット上も涙に溢れかえり、斎場の外まで人で埋め尽くされた。
 少女の墓標の正面には彼女の微笑んでいる写真があり、写真の下には「私は生きていました。お父さんのいい子でした」とある。墓標の後ろには彼女の生涯が綴られてあり、その最後は「お嬢さん、安らかに眠りなさい。あなたがいれば天国はさらに美しくなる」と結ばれている。
(参考)日経ビジネスオンライン2007.1.25「捨て子の少女の死と、脱・格差社会のもと」(宋文洲)

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