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December 12, 2005

赤穂浪士と蕎麦屋の話

 12月14日は赤穂浪士の討ち入りの日。毎年、この時期になるとテレビで何らかの放送がある。それだけ馴染み深い話だ。1702年(元禄15年)12月14日の夜、討ち入り前に集結したのが江戸本所の蕎麦屋の2階だった。この当時から江戸には蕎麦屋が多く、1860年には3763店もあった。人口は100万人と言われるが、当時の江戸市中といえば山手線内より狭い範囲、これだけの蕎麦屋の多さは驚異的である。
 稲作より蕎麦の方が江戸周辺の栽培に適していたのかもしれないが、なぜこれほどの蕎麦屋があったのか? 当時の江戸には「江戸患い」と言われる奇病が流行っていた。今で言う脚気であるが、手足が麻痺し心臓が侵されて死亡する。第14代将軍徳川家茂も脚気で急死している。白米を多食した事によるビタミンB1の欠乏によるところが多いそうであるが、当時は原因も治す方法も判らなかった。ところが蕎麦にはビタミンB1が玄米に匹敵するほど含まれており、江戸の庶民は無意識のうちに蕎麦を好んだのかもしれない。
 ざる蕎麦を注文すると蕎麦湯がついてくる。蕎麦を茹でると、茹でた汁に栄養が流出するが、その汁を頂くことで蕎麦の優れた栄養を取ることができる。中でも蕎麦だけに含まれているルチンという成分は、冬に多発する脳卒中の予防にもなる。
(参考)日経ビジネス2005.12.12号「漢方養生訓 江戸で蕎麦屋が繁盛したわけ」

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