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October 28, 2005

思い続ける心(南洲翁遺訓)-その2-

~思い続ける心(敬天愛人)-その1-よりの続き~
 西郷南洲の逸話で、明治維新の末期、幕府側の親藩として最後まで抵抗したのが、会津藩と庄内藩であった。その庄内藩を薩摩藩士を中心に編成した官軍が攻め落とした。官軍の参謀、黒田清隆が城の明け渡しを求めて登城する。上座に黒田が座り、下座に17歳の若き藩主、酒井忠篤(タダズミ)が控える。明け渡しの儀式が滞りなく終えると、黒田がさっと席を立って下座に席を移し、忠篤に「どうぞ上座に、儀式は終わりました。そこは藩主である貴殿の席です。」と言ったのです。
 この礼節に満ちた振る舞いに、戦いに負け意気消沈していた庄内藩の重鎮たちが、あっと驚いた。さらに官軍である薩摩藩士は刀を持たず、丸腰で城下に進駐した。本来ならば庄内藩士から刀を取上げるものを「負けたとはいえ同じ侍、刀を取上げるには及ばず」として、なんと帯刀を許したのです。
 そうした一連の指示を出していたのが西郷南洲であった。その寛大で人道的な扱いに深い感銘を受けた庄内藩士たちは、南洲が薩摩に下野し開いた私学校で学び薫陶を受ける。その後、西郷隆盛は西南戦争で賊軍の長として非業の死を遂げるが、大赦によって賊名が解かれるや、元庄内藩の若者たちが中心になって西郷が生前に語った教えの数々を集め後世に伝えんとして編んだのが「南洲翁遺訓」である。当時の時代背景より政治や外交、軍事などの話題が多いが、一貫して人の上に立つ者が身につけるべき心構えについて述べられており、南洲の没後から100年以上の歳月を経ても、その教えは全く色あせていない。
(参考)日経ビジネス2005.10.3号「敬天愛人 西郷南洲遺訓とわが経営-稲盛和夫」より

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